大判例

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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7371号 判決 1981年4月22日

原告

森賢昭

右訴訟代理人

中島馨

外五名

被告

大阪市

右代表者大阪市交通局長

西尾正也

右訴訟代理人

色川幸太郎

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〜二<省略>

三請求の原因三記載の事実のうち、被告が、昭和五一年四月一〇日から大阪市営地下鉄各路線の中の御堂筋線および四ツ橋線において、同年同月一六日から谷町線、中央線および千日前線において、運行中の列車内で拡声機装置を使用した車内放送を開始したこと、昭和五一年四月から同年一二月までの間になされた車内放送中に、いらゆる「商業宣伝放送」とみなされる内容の放送があつたこと、については、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、

(1)  大阪市交通局(地方公営企業、以下単に交通局という)は、昭和四二年に財政再建団体の指定を受けて以来、合理化、人員の削減、経費の節約等を進めてきたが、昭和四六年度の累積赤字は五五八億円、昭和五四年度の累積赤字が九九六億円となつた。そのうち、地下鉄事業関係は、昭和五四年度の累積赤字が約四四七億円で、昭和五五年度だけでも更に約六五億円の赤字がでることが予想される。

(2)  地下鉄の列車の発車や停止の前後には、車掌は、列車の側方もしくは後方の監視をしなければならないが、これとほぼ同時に業務上の車内放送を行わなければならないので、輸送人員の増嵩に伴い安全運行管理の面から問題が生じ、右車内放送を自動化する必要に迫られていた。

また、右車内放送は、車掌がマイクロホンを使用して行うので、個人差があつて、乗客から聞きとりにくいとの苦情が多かつたため、この点からも車内放送の自動化が検討されることになつた。

(3)  車内放送を自動化すれば、車掌がボタンを押すだけで済むので、余力を列車附近の安全確認等に向けることができ、安全運行管理の面から好ましい結果が予想され、また、往々にして聞きとりにくい地下鉄の列車内において、専門家の吹き込んだ録音テープによる聞きとり易い車内放送を行うことができ、しかも聞きとり易い周波数を強めて行うことができるといつた利点が認められた。

(4)  交通局において、車内放送の自動化に要する費用を試算したところ、初年度においては放送装置設備一式の費用五、〇〇〇万円、年間維持管理費四、五〇〇万円余り(但し、後記商業宣伝放送分も含む)であつたが、業務放送に商業宣伝放送を合わせて行い、これを民間業者に請負わせた場合、右費用を総て業者の負担としたうえで、年間八、〇〇〇万円の収入がえられる見通しが立てられた。

(5)  そこで、交通局は、業務放送と合わせて商業宣伝放送をも行うことを予定して、地下鉄の一部路線の運行中の列車内等において、昭和四七年二月から本件放送が正式に行なわれた日の前日である昭和五一年四月九日までの間四回にわたり自動化による試験放送を実施した。そして、昭和四八年五月一〇日の第二回目の試験放送以降は業務放送と商業宣伝放送(その内容を例示すれば、別紙(一)のとおりである。)とを合わせて行つた。第二回目の試験放送の際には、アンケート用紙七、二〇六枚を乗客に配布し、そのうち五、〇九〇枚の回収ができたが、商業宣伝放送の点については、29.3パーセントが「よい」、39.2パーセントが「どちらでもよい」、28.5パーセントが「悪い」、三パーセントが「解答なし」という結果であつた。

(6)  第二回目の試験放送中の商業宣伝放送についての前記アンケートの結果を参考にして、交通局は、商業宣伝放送の内容を控え目のものとした車内放送を行うこととし業者にこれを請負わせるについて、地下鉄内テープ放送仕様書というものを作成し、これに従つて本件放送が行われることになつたが、右仕様書に定められている車内案内放送基準は別紙(二)のとおりである。なお、右基準にいう「生活情報」とは、日常生活に役立つヒントや生活の智恵といつた類のものであり、ナショナルスポンサーとは専売公社とか、大手メーカーなど広域的なシェアを持つ広告主を指し、また右基準に従つてなされた広告の内容は、例を示せば、別紙(三)のとおりである。

(7)  交通局は、昭和五一年四月一〇日車内放送の自動化を正式に実施し始めたが、商業宣伝放送に対するマスコミ等の批判もあつて、昭和五二年一月以降は商業宣伝放送について、それまでの広告主をナショナルスポンサーに限定する方式から、広告主を駅周辺の企業とし、その内容を企業案内とする方式に変更し、前記車内案内放送基準を別紙(四)のとおりとした。そして、右基準に従つてなされている広告の内容は、例を示せば別紙(五)のとおりである。

(8)  交通局は、現在車内放送自動化に伴う費用の負担を免れているほかに、本件放送により年間約三、〇〇〇万円の広告収入をえている。

(9)  日本全国の公営交通事業において、交通局と同じ方式によつて運行安全の管理と経費の節減をはかつているものも多くみられる。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

四人格権および不法行為の主張について

本件放送が、その音質、音量、持続時間、反覆の程度、態様などの点からみて、聞き手である原告の聴感覚に不快感をもたらす音、すなわち騒音に該当しないことについては当事者間に争いがないから、本件放送が人格権を侵害する不法行為であるとの原告の主張は、結局本件放送が商業宣伝放送であり、原告がこれを一方的に聞かされるということにつきる。

そこで、前認定の事実を基に右の点について判断する。

我々は、法律の規定をまつまでもなく、日常の生活において、見たくない物を見ない、聞きたくない音を聞かないといつた類の自由を本来有しているものと考えられるが、それも程度問題であつて、社会の中の一員として生活する以上、時所を選ばずに右のような自由を完全に享受しうることは実際問題として不可能なことであり、本件放送についてみても結局その違法性の有無を判断するのには、本件放送のなされるに至つた事情、その態様、そのもたらす結果などを総合的に勘案してこれを決するほかはない。

これを本件についてみると、本件放送がなされるに至つた経緯が財政窮乏の下で地下鉄の運行の安全確保に出たことにあることは明らかであつて、その目的において正当であり、その態様は、いわゆる騒音といえない程度のもので、地下鉄の列車内という公共の場所で行われるとはいえ、その内容も別紙(五)のとおり控え目なものであり、一般乗客に対し、それ程の嫌悪感を与えるものとも思われないから、その当、不当の問題はさて置き、未だ本件放送を違法と断定することはできないのであり、また昭和五一年一二月以前の本件放送の内容は別紙(一)のとおりであるが、これは初期の試行錯誤の段階においてなされたものであることを考慮すると、右時点以前の本件放送についても違法なものということはできない。

したがつて、原告の不法行為に基づく損害賠償ならびに本件放送の差止の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

五債務不履行の主張について

原告は、本件放送が原被告間の旅客運送契約に違反すると主張するが、本件放送自体に違法性が認められないことは前叙のとおりであるところ、本件放送をしないことが原被告間の右契約の内容とされていることを認めるべき証拠もないから、右主張を容れることはできず、したがつて、原告の債務不履行に基づく損害賠償ならびに本件放送の差止の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。<以下、省略>

(乾達彦 井深泰夫 市川正巳)

別紙(一)、(二)、(四)<省略>

別紙(三)

御堂筋線 天王寺〜梅田間(上り)

1 天王寺駅

(発車直後) 毎度ご乗車有難うございます。この列車はなんばから梅田、新大阪、千里中央行でございます。次は動物園前、動物園前。堺筋線天神橋筋六丁目、阪急線北千里・高槻市方面、阪堺線はお乗り換えでございます。

春、緑、さわやか、いきいき、スポーツ、健康、安心、そして住友生命。

さて、あなたは何を連想されましたか。まごころこめて50年、いつまでも。

(停車直前) 動物園前、動物園前。堺筋線天神橋筋六丁目、阪急線北千里・高槻市方面、阪堺線はお乗り換えでございます。出口は左側に変ります。扉に手をふれないようご注意願います。

2 動物園前駅

(発車直後) 次は大国町、大国町。四つ橋線西梅田・住之江公園方面は、お乗り換えでございます。

お客様にお願いいたします。お年寄りやからだの不自由な方に座席をおゆずり下さいますようご協力をお願いいたします。

煙の輪に広がる満足感。日本でいちばんソフトな味と香りのたばこ、さわやかなただよいカレント。スモーキンクリーン、街を自然を美しく。専売公社の願いです。

(停車直前) 大国町、大国町。四つ橋線西梅田・住之江公園方面は、お乗り換えでございます。出口は右側に変ります。扉に手をふれないようご注意願います。

別紙(五)

御堂筋線 天王寺〜梅田間(上り)

1 動物園前駅

(発車直後) 次は大国町、大国町。四つ橋線西梅田・住之江公園方面は、お乗り換えでございます。

お客様にお願いいたします。お年寄りやからだの不自由な方に座席をおゆずり下さいますようご協力をお願いいたします。

靴の専門店アポロ、毛皮レザーウエアのなかむらへお越しの方は次でお降り下さい。

(停車直前) 大国町、大国町。四つ橋線西梅田・住之江公園方面は、お乗り換えでございます。出口は右側に変ります。扉に手をふれないようご注意願います。

2 大国町駅

(発車直後) 次はなんば、なんば。千日前線野田阪神・新深江方面、近鉄線、南海線は、お乗り換えでございます。

お買物とお食事の虹の町、より抜きの専門店街なんばシティへお越しの方は、次のなんばでお降り下さい。

(停車直前) なんば、なんば。千日前線野田阪神・新深江方面、近鉄線、南海線はお乗り換えでございます。出口は右側でございます。扉にご注意願います。

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